【小説】ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)

【小説】ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)

この本を手に取ったきっかけ

 ツイッターで多くの人が「ザリガニの鳴くところ」をオススメしているのを見て、この本を購入しました。

 ザリガニの鳴くところ。タイトルからは本の内容が全然イメージできませんが個人的にかなり楽しめて、お気に入りの1冊になりました。

あらすじ(ネタバレなし)

 家族に見捨てられながらも広大な湿地で孤独と戦いながら生きていく少女の話です。

 カイアは6歳にして家族に見捨てられ、湿地の小屋でたった一人で生きていかなければならなかった。村の人々からは「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれ、それでも懸命に強く生きていきます。カイアにとっては湿地が母親で、カモメやカラスだけが友達でした。

 様々な困難を乗り越え、強く聡明な女性として成長していくカイアですが、あるとき湿地で男の遺体が発見されます。転落死した男本人の足跡すら残っておらず、何の痕跡もない謎の死。人々は「湿地の少女」カイアに疑いの目を向け始める…

感想

 この本のいちばんのオススメのポイントはいろいろな楽しみ方ができるところだと思います。大きくは下の三つ。


①自然に抱かれて生きる少女の成長
②湿地の少女の恋
③不審死事件

 各所で出てくる自然の表現も美しいし、孤独の話でもあり、愛の話でもあり、ミステリーでもあります。

 ①について、前半は湿地に残されたカイアが自然の中で懸命に生きていく姿が描かれています。

 いまだにカイアは、毎朝早い時間に目を覚ましては、母さんがせっせと朝ごはんの支度をする音がしないか聞き耳を立てていた。
(中略)
 母さんはいつもこう言っていた。脂の跳ねる音が隣の部屋まで聞こえるくらいじゃないと、本当の揚げ焼きとは呼べないのよ。そのパチパチという音を、カイアは生まれてからずっとベッドで目を覚ますたびに聞いていたのだった。白く立ち昇る煙や、香ばしいトウモロコシ粉の匂いを嗅ぎながら。けれど、いまはキッチンから聞こえてくる音もぬくもりもなかった。カイアはそっとポーチのベットを離れ、潟湖へと向かった。
 それから数カ月が過ぎると、その土地にも南部らしい穏やかな冬がやってきた。太陽は毛布のように暖かな日差しでカイアの肩を包み、湿地の奥深くへと彼女をいざなった。ときおり、夜中に正体のわからない音を聞いたり、近過ぎる稲妻に跳び上がったりすることはあったが、身がすくんでしまったカイアをいつも抱き留めてくれるのも、やはり湿地だった。そのうちに、いつしか心の痛みは砂に滲みこむ水のように薄れていった。消えはしなくても、深いところに沈んでいったのだ。カイアは水を含んで息づく大地に手を置いた。湿地は、彼女の母親になった。
                         (P50)

 自分が小さいとき、周りには友達がいて、家に帰ると優しい両親がいて温かいご飯が食べられることが当たり前で、広大な湿地で一人で生きる幼いカイアの孤独を想像すると胸が締め付けられるような気がしました。フィクションだということはわかっていますが、カイアが強く生きられるよう、幸せをつかめるよう祈るような気持ちで読み進めました。

 多くの人々はカイアに偏見を持ち、疎外していましたが、本当のカイアを見てくれる人間も出てきます。それがカイアより少し年上の少年テイト。素敵な少年です。

カイアのところへ来るときはいつも、テイトは学校や図書館の本をもってきた。とりわけ湿地の生き物や生物学の本が多かった。カイアはめきめきと成長していた。テイトが言うには、いまではカイアに読めない本はないし、読むことさえできれば学べないものも何ひとつないという話だった。あとは自分次第だと。「人間はまだ、脳の限界まで知識を蓄えたことがないんだ」彼は言った。
                         (P183)

 読書好きの自分にとってはすごく印象的で好きなシーンです。知的で純粋なテイトと過ごす時間がカイアの人生を大きく変えたんだと思います。「人間はまだ、脳の限界まで知識を蓄えることがないんだ」って何だかすごくワクワクするのは僕だけでしょうか。文字の読み書きを覚えたばかりのカイアも、テイトのこの言葉にワクワクしたんではないかと思います。

 この辺りが②の湿地の少女の恋の部分になります。

 家族に見捨てられ、湿地で誰とも接することなく、自然に囲まれて生きてきた、そうやって生きるしかなかったカイアにとっては、人との繋がりの大切さや重みが僕たちとはかなり違うんだろうと思います。ずっと羨んで憧れてきたものでもあり、でも脆くて触れるのが怖いものでもあり。そんなカイアテイトとの関わりの中で当たり前の幸せを感じ、前に進んでいく様子に胸を打たれます。

 湿地での生活を大切にしながら、少しづつ成長していくカイアを見守っていくうちに小説も終盤に差し掛かり、最後は美しいミステリー小説として締めくくられます。手に汗握り、祈るようにして読み進めながら、最後には小さな衝撃と温かな気持ちが心の中に残ります。

 小説の構成としてすごく考えられていて面白く、湿地の自然を描く本、カイアを主人公とした恋愛小説、ミステリーと様々な読み方で楽しむことができます。また最後まで読みきり、全て分かった上でぜひもう一度読んでいただきたいです。初めて読むときとはまた違った楽しみ方もできるかと思います。