【小説】アーモンド(ソン・ウォンピョン)
2020年の本屋大賞にノミネートされ、翻訳小説部門第1位となった本作。
生まれつき扁桃体(アーモンド)が人より小さく、“感情”がわからない主人公ユンジェの物語です。
あらすじ(ネタバレなし)
怒りや恐怖などの“感情”を感じることができず、人の気持ちを読み取ることも苦手なユンジェ。母はそんな息子に喜怒哀楽の感情を暗記させ、普通の生活が送れるよう力を注ぎます。また一緒に住む祖母は、彼を「かわいい怪物」と呼んでぶっきらぼうながらもピンチの時には駆けつけます。そんな母と祖母から愛情を目一杯に受けながら育ったユンジェ。
しかし物語は悲劇から始まります。ユンジェ15歳の誕生日、目の前で母と祖母が通り魔に襲われた時も、ユンジェはただ黙って見つめているだけでした。
感情を教えてくれる母も、ピンチの時に守ってくれる祖母もいなくなり、ひとりぼっちになったユンジェ。これまで「家族」という狭い世界で生きてきた彼が、生きるために周りと関わりを持ち、もう一人の怪物「ゴニ」と出会うことで彼の人生は大きく変わっていきます。
本物の“共感”とは
生まれつき感情が読み取れず、家族の愛に支えられて生きてきたユンジェと、健常者として生まれながらも愛情を受けずに育ち、感情が暴走するゴニ。相反する二人が出会い、お互いの心を知りたいと願った時、二人の心に大きな変化が訪れます。
ユンジェに芽生える感情は純真な子どものようであり、一方で思春期特有の複雑さも含んでおり、初めての心の動きに戸惑いながらも不器用に進む彼の姿に引き込まれていきます。家族への感情、友人への感情、好きな人への感情、そのどれもが初々しく美しく描かれ、ハラハラする展開とともに感情が溢れ出していく様は圧巻です。
本書の中で深く印象に残った言葉があります。
ほとんどの人が、感じても行動せず、共感するといいながら簡単に忘れた。
アーモンド p245
感情がわからないユンジェが導き出した真実にハッとさせられました。
私たちは感情が分かり、心の喜びも胸の痛みも知っています。しかし、それを感じても行動しないのであれば、それは感じていないことと同じなのではないか。本物の共感とは何か?普段、当たり前に感じている心の動きに、どう向き合うべきかを考えさせられます。
ユンジェは感情を知り、どのように行動するのか。ぜひ本書を読んでいただきたいです。
読みやすく、メッセージ性の強い一冊
著者は本書について、巻末にこんなことを記しています。
人間を人間にするのも、怪物にするのも愛だと思うようになった。そんな物語を書いてみたかった。
アーモンド「作者の言葉」より
本書に直接「愛」という言葉は出てきませんが、本書の最後に綴られていたこの一文がまさにこの物語を表しています。
ユンジェの頭の中はたくさんの知識で埋め尽くされており、一つひとつの出来事が理論的に分析され、彼の知識に当てはめられていきます。彼の見る世界はどこまでもフラットです。そんな彼のの目線で描かれた物語は、淡々と無駄がなく読みやすい。余計な感情が書かれていない分、余白にたくさんの思いが詰まっているように感じました。そして何より、ユンジェに生まれる繊細な感情を書ききった著者の表現力に感激しました。
物語の面白さもさることながら、そのメッセージ性は筆舌に尽くしがたいものがあります。わかりやすい文章は中学生くらいから読めるのではないでしょうか。本を読むのが苦手な方でも読みやすい一冊だと思います。ぜひ、手に取っていただきたい一冊です。
アーモンド [ ソン・ウォンピョン ]
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